九州は佐賀県の名尾で和紙作り三百年。この伝統ある工房の六代目が谷口さんである。ことばや数字では表せない家伝継承の和紙の製法を、修業を重ね、からだで覚えて、今がある。
たとえば、原料の楮に水と糊を混ぜるにしても、その割合や混ぜる力加減などは教えてもらうことができない。気候天候、自分の体力など、さまざまな要素が関わっているからだ。
かつては名尾全村あげて携わった紙漉きだが、現在、この村で和紙を作るのは、谷口さんの工房ただひとつ。名尾紙の伝統は、この人の双肩にかかっている。
和紙の産地は数多いが、名尾の和紙の原料は、同じ楮でも梶という種類である。梶は繊維がとりわけ長く、よくからまるので、薄く仕上げても非常に丈夫なものになる。ゆえに古くから提灯や屏風の用にも重宝されてきた。この梶を、谷口工房では自家栽培している。量産もかなわない貴重な原料なのである。
今も提灯や屏風の需要は多いが、その特質を生かしてインテリアに用いられることも増えた。180cm平方の大きさまで作ることができるが、もっと小さなサイズのものを、和紙の縁も生かしながらパッチワークのように壁に貼り付けるという。
このような内装用は特注で、その一枚一枚の大きさ薄さが均質でなくてはならない。そのために非常な努力が要る。失敗して捨てることさえある。しかし完成した和紙は、均質という条件を満たしながらも、決して同じではない。それが手作りの味であり、美しさでもあるということなのだろう。
最近、谷口さんは、そのまま室内に飾れるアートのような和紙を製作している。工程の途中ですすきや紅葉などの植物を絵画のように漉き込んだものや、柿渋の地に墨象のようなもの、たまねぎの皮を漉き込んだものなど。本来の和紙とその基本製法がもっとも大切と肝に銘じながらも、遊び心で楽しむことと両立させたい。それが、和紙の世界を広げることになると信じるからである。
これらのアート和紙は、絵画のように壁にかけたり、照明器具に用いられたりと、たしかにその世界を広げつつある。
さらに、和紙ならではの使い方も模索中。なにかの代わりではなく、和紙の特質や美しさを今の暮らしの中で生かしたい。昔、片栗粉は和紙で漉したものだったが、そのような使い方をみつけることが、谷口さんのこれからの課題である。





